岡田斗司夫『いつまでもデブと思うなよ』(2007年,新潮新書)

▼ 著者略歴と文脈

岡田斗司夫は、1958年(昭和33)生まれ、大阪市出身の評論家。1985年にアニメ・ゲーム制作会社ガイナックスを設立、1992年に退社。1990年代に「オタク学」および(カタカナ語としての、ポジティブな文脈に位置付け直したものとしての)「オタク」という語を呈示して*1サブカルチャー評論界でも著名となった。2007年に出た『いつまでもデブと思うなよ』は、いわゆる “レコーディング・ダイエット” というダイエット本を書いた人物として岡田が再認知される契機を創った。*2

いつまでもデブと思うなよ (新潮新書)

いつまでもデブと思うなよ (新潮新書)

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▼ 本書の成果

さて、本書において岡田が論じた点のうち、ダイエット論の理屈として優れている部分は、以下の点にある*4

  1. 減量において特に難しく、それゆえに争点となるべきは「努力の維持」「(努力が実った後の)体型の維持」の困難さであること。
  2. 肥満に悩む人(著者含む)は、認知している以上に良く食べており、そのことを把捉し認知するための“助走”段階が必要であること。また、この種の否認は「カード破産」等に通じる否認行動でもありうるという示唆を行っていること。*5
  3. 食事制限には、ある水準を下回ると身体的リスクが生じる「下限」というものが明らかに存在するという指摘を行っていること。

上記を踏まえると、岡田本以降の減量活動の手法には、以下の4つの方法論が述べられている必要があるということが言えるだろう:

  • (a)「減量活動の維持可能性」に関する確かな言及があること。
  • (b)「減量をめぐる利得*6に関しての批判的言及があること。*7
  • (c) 「(認知における)否認と対決してゆく手管」に対する確かな言及が(求められる作業以外に)あること。*8
  • (d) 減量活動の枠組を超える「危険な“下限”を下回らない明晰な基準」が述べられていること。

もし「ダイエット論」を標榜する記述が、この4つを満たしていないとすれば、その減量論は十分信用するに足らない。実際、この4点が満たされていないダイエット論関連本は多く存在する。そんな中、上掲4つが多かれ少なかれ満たされている岡田のダイエット論は、多少の余分な記述やレトリックが含まれているにせよ、非常に優れた要素をうまく抑えた論述だったと言える。

もっとも、2015年現在、岡田自身が「減量の維持可能性」に関してうまくいっていない点は、十分検討に値する(Amazonレビューにおいて批難されている点も、畢竟その点に収斂している)。しかしそれはそれとして、「1度以上、-50kgの減量に成功した」という“一標本”がこの世に存在することには、十分な価値がある。

*1:

オタク学入門

オタク学入門

*2:なお、近年批判された性愛関係の問題によって[岡田 2007]という個別の著作的成果に修正を加えることは行わない。これらは、文書評価の作法上、個別の案件として処理されるべきである。

*3:この本には文庫版が存在する。

レコーディング・ダイエット決定版 (文春文庫)

レコーディング・ダイエット決定版 (文春文庫)

*4:ありがちな成功談「◯◯主義社会」という分類、各種ダイエット論の紹介は、ここに列挙した内容ほど重要とは言えず、散漫な点が多いと考える。

*5:p078-105,特にカード破産についての言及はp083-084

*6:ここは「幸福」(happiness)と言ってもよいが、現実的な功利(utility)と割りきって評価している面も見られる。117kg出会った頃の体型に関して「実は損をしていた面」「実はマイナスだった面」を中心に論じている。ただしこの議論の前提それ自体は堅牢とは言いがたい。

*7:これは、単に世相に応じた「痩せなければ」というシンプルなべき論から一度距離を置いたうえで、「どの程度までなら太っていてもいいか」「どのあたりから太ったらいけないと納得できるのか」という、太る/太らない(痩せている/痩せていない)の境界を――身体的健康管理だけでなく、社会的生活との対応関係の中で――吟味し直すこと、つまり価値観の陶冶が不可避に含まれるということである。岡田の議論はやや浅薄な部分があるが、本人が117kgであった時代の不都合について厚めの自叙を行っている部分が、かろうじてこの点を満たしている。

*8:より率直に言えば、岡田の挙げているレコーディング・ダイエットの方法論は「認知行動療法」に近いアプローチである。ここは、心理療法の専門家でないため、言葉を濁しておいたことを素直に告白する。ただし、痛みに関する治療などでも、岡田が論じたような記録と類似するものを行っている例はある。また、食事・運動を含めたライフスタイルに関する見直しの手管は、枚挙に暇がないため、ここでは詳説しなかった。