【書評】吉田拳『たった1日で即戦力になるExcelの教科書』(2014,技術評論社)

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紙で読んだ。2014年11月25日初版、手元にあるのは2016年10月01日初版第14冊(よく売れ、重版しているらしい)。

以下、投稿したAmazonレビューのBlog版です。改訂記述はAmazonレビューではなくこちらに記載します。

概要紹介

とても優れた観点から、順を追って丁寧に書かれた本だ。Excelについてわからなかったこと、知らないで無自覚に損していたこと、Excelでこうしたいと思っていても叶わなかったこと、などを基礎から一通り再学習することができた。

この本の教科書としての美点は、ある3つの配慮のコンビネーションによって成り立っていると思う。それは何かといえば、

  • (a)「Excelのスキル」を【関数】【機能】【アイデア】の三領域に敢えて分類してみせた上で、
  • (b) それぞれを別個のものとして把握できる説明を行いながら、
  • (c) 【アイデア】の見地から【関数】や【機能】を組み合わせる、というストーリーを持って記述されている

ということだ(pp. 25-26 あたりの、著者の見解を私が敢えて要約すると、こうなる)。

Excelの【関数】だけなら、ググれば出て来る。Excelの個々の【機能】や仕様は、公式のヘルプやリファレンス的解説本を読めば、大概のことはわかるだろう。でも、「ある仕事のために、こうしたい」というアイデアの難易度に応じた【機能】と【関数】の組み合わせを実地でどのように考えてゆけばいいかについての情報は、意外とググるだけでは出てこない。本書は、そうした潜在的読者の需要、つまり「Excelの単なる仕様ではなくて、Excelの基本的な運用の勘所について、順を追ってトレーニングさせてくれる本」に、けっこう独特なやり方でもって応えてくれた。

著者が本書の冒頭で【関数】【機能】【アイデア】を敢えて分類してみせたことのほんとうの威力は、基本的な関数や機能を説明し終えた後の中盤以降にやってくる。中盤以降、たしかに新しい【関数】、新しい【機能】はそれなりに登場するし、読者はそれらを逐一覚えようとすることもできる。けれど著者の着眼点は、そこにはない。6つの基本的な関数(著者いわく「6大関数」)、9つの初歩的な機能、いくつかのコンピュータ操作的な前提知識を紹介した後は、それらをひたすら組み合わせていくことを推奨している。中盤以降に出てくる関数は、あいかわらずCOUNTIF関数やVLOOKUP関数のことばかりだ。でも、その関数の基本型の前後にくっつく別のtipsが少しずつ増えていく。

この本で著者が【アイデア】(あるいは工夫)と呼んでいることは、関数や機能やその他の前提知識をどう繋ぎ変えていくか、そのコツを憶えていくこととほとんど同義だ。それ単体なら誰でも知っているExcel小技のひとつひとつを、誰でもは知っていない“複合体”にまでそのつど組み上げていくための考え方を、この本は伝えようとしている。そういう思考過程の記述も含めて、挑戦するだけでなく、あるていど成功してもいるExcel教科書本は、とても貴重だ。

ただし、そうしたコンセプトのために、少し読みづらい点もある。その読みづらさは、【アイデア】や【関数】について説明されているくだりの随所に、サラッと重要な【機能】についての説明が挿入されているために起きているようにみえる(この難点については、後で提案も含めて改めて述べる)。【関数】【機能】【アイデア】を一揃いのものとして語るアプローチそれ自体は間違いなく優れていると言えるだけに、何かもう少し編集上の工夫はなかっただろうかと残念に思う。同書の改訂版に期待したい。

細かい点

細かい褒めどころも書いておく。

【関数】については、IF,SUM,COUNTA,SUMIF,COUNTIF,VLOOKUP の6つの関数を「〔Excel仕事における〕6大関数」として括ってみせ、それらがいかにExcel仕事に大きく貢献するかを述べた、第3章が優れている(pp.67-94)。本書全体が、この関数(特にVLOOKUP)をどう使いこなすか、どう位置づけるか、という話に捧げられていることも加味すると、とりあえずこの部分だけは理解しておかないと、他の部分を教科書として読解することが難しくなるはずで、その点でもとても重要だ。他の章でも細かい関数の紹介はあるが、それらを覚えるより、この6大関数という“思想”を敢えて受け入れてみることを優先した方がいいと思う(#ただ、「6大関数」という呼び方はこの著者独自のものだと思うので、職場などで「6大関数がね……」と言うのは時期尚早かもしれない。著者のファンであることを言って憚らないのであれば、べつにいいけど……)。

【機能】についても、「確かにこれは、知らないと損だったわ……!」と震えるものを厳選して紹介していて、ありがたかった。

けれどこの点は読者の文脈に依存しそうで、どれそれが載っていたからよかった、という褒め方は難しそうだ。たとえば自分にとっては、検索置換やウインドウ枠の固定、シリアル値の仕組みなどは、どちらかといえば「常識」に属することで読み飛ばしてしまったけれど、F4で絶対参照切替が簡単にできることや(pp.64-5)、オートフィル機能における「黒十字」(p.109)の仕様や、Excelにおいて「データベース形式」が成り立つ条件(p.226)などは、「なんで今まで誰も教えてくれなかったの!?」と愕然とするようなものだった。しかし、この世のどこかには、オートフィルやデータベース形式について深く理解していながら、検索置換コマンドやシリアル値の仕様について全く知らないで苦労している方もいらっしゃるかもしれない。Excelの【機能】に関する知識は、そうした「ぶっちゃけ常識でしょ〜」と「知らなかった……つらい」が、一人の頭のなかで深く断絶していることによって頭打ちになるのかもしれないと、この本を読んで思った。Excelの【機能】について詳しく述べている中で、「これはどんな分野の職場であれ、定期的に全員相互に知っているかチェックしておかないと、つらそうだ」と思ったものを、一覧にしてみたので、参考にしてもらいたい。(ちなみに下の表もExcelで作った。コピペしたら、tsv形式であなたのExcelのセルにハマるようになっているはず)

pp.27-30 ショートカット一覧
pp.35-41 おせっかい機能の排除
pp.58-60 演算子の基本書式(#特に、結合演算子 "&" は知らないと辛い)
pp.61-63 F2(式の編集モードへの移行)
pp.64-65 F4(相対参照から絶対参照への切替)
pp.110-118 オートフィル/連続データの作成/ROW関数
pp.128-132 VLOOKUP関数の仕様が重複に弱いという仕様について
pp.190-225 条件付き書式/罫線/入力規則/入力規則を半角英数にする/ドロップダウンリスト化
pp.229-236 ソート(並び替え)機能
pp.237-240 値を選択して貼付け
pp.240-249 演算オプション
pp.250-252 CSVの区切りをセルにインポートする工程
pp.253-256 空白セルへの一括入力
pp.256-260 検索と置換
pp.268-269 ウインドウ枠の固定

(20170824, N6)