『アイアンマン』(映画,2008)におけるトニー・スタークの長広舌を英文和訳する

Google Chrome 拡張にある「Learning with Netflix*1が便利すぎて感動したその勢いで、Netflixの映画を使って英語の勉強メモをつくった。今回は『アイアンマン』から、終盤にあるわりと長めなセリフを、ベタに受験英語的な構文解析の手続きを使って訳してみた。
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【原セリフ】

All right, suit yourself. You know, if I were Iron Man, I'd have this girlfriend who knew my true identity, she'd be a wreck, she'd always worry that I was gonna die, yet so proud of the man I'd become. She'd be widely conflicted, which would only make her more, ahem, crazy about me.
── Iron Man, 2008, 01:55

【和訳案】

わーかったよ、お好きにどうぞ、ところでさ、仮にもし僕がアイアンマンだとしたならさ、僕の正体を知っているガールフレンドがいるはずだねえ、だとしたら彼女はきっとめちゃくちゃになってしまうね。僕が死んでしまうんじゃないかと心配しつつも同時に僕のことを誇らしく思ってくれるだろうし、ひどく葛藤もするだろうし……そうして結局はさ、エッヘン、僕に夢中になってしまうんだろうねえ?
──『アイアンマン』(2008年配給) 01:55
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【語句】

  • suit yourself;好きにしなよ・ご勝手に(自分は賛同しないが、あなたの言う通りでいいんじゃないの)
  • you know;【間投詞句】「ねぇ」「ところでさぁ」といった相槌に相当する
  • true identity;正体(本当のその人・社会識別番号等を指すこともある)
  • wreck;(v.)大破する・めちゃくちゃになる・難破する(※吹き飛んで木っ端微塵になるニュアンスが含まれる) (n.) 残骸・難破船(のように打ちのめされている・あるいはどうしていいかわからないほど戸惑っている様子) {a wreck; wrecks};
  • be (widely) conflicted ;(とても)葛藤する (※widely と副詞がついているのは、心のゆらぎ幅が大きいであろうことを描写しようとしていると見られる)

【逐次説明】

第一

All right, suit yourself. You know,

【直訳】わかったよ。好きにしてくれ。ねえ〔ところで〕、

【所感】この "suit yourself" を、秘書に背広(suit)を整えられながら、超合金スーツ男が誰であるかについての返答として言っているのは、どこまで脚本として狙っているのだろう。

第二

If I were Iron Man, I'd have this girlfriend who knew my true identity,

【直訳】仮にもし、私がアイアンマンだったとしたら、私の正体を知るガールフレンドがいることになる。

【所感】If I were... は「仮定法」の基本で、話し手に関する反実仮想(ありえないことだけどさ、もし…だったらさ)に使う。;I' d have... = I would have の短縮形。(If I were... と、現実から“遠く離れた” 仮定をしているので、それを受ける帰結も will から譲歩して would になる。*4;who 以下はthis girlfriendを修飾する関係代名詞 who 。「ガールフレンドがいるはずだよね?(……私の正体を知っているはずの、ね)」という“補足・つけたし”感が関係代名詞の肝。*5

第三

she'd be a wreck,

【直訳】彼女はきっとどうしていいかわからなくなるだろう。

【所感】she'd be = she would be の短縮形。;このwould は If I were... の仮定法の効果がまだ続いている。反実仮想からもたさされる帰結をまだ語っている;a wreck で「(大破した船などの)残骸」あるいは比喩的に「難破船(のようにどちらへ進めばいいかわからなくなるほど打ちのめされている様子)」を表す。ところで外文和訳においては、名詞を名詞のままに訳すよりは述語に噛み砕いたほうが日本語っぽくなるというtipsがある。そのため「残骸になる」→「木っ端微塵になる」(→めちゃくちゃになってしまう)といった変換が翻訳では推奨される。*6 もっとも、日本語には“恋の難破船” という言い回しもあるので、座礁・難破(からの彷徨)というニュアンスをどこまで温存するかは、訳し方の好みによるかもしれない。

第四

she'd always worry that I was gonna die, yet so (be) proud of the man I'd become.

【直訳】彼女はそのうち私が死んでしまうかもしれないと心配しながら、私がそういう男になったことを誇りに思いもするだろう。
※本邦字幕に従ったが、誤訳の可能性が十分にあり。詳細は註を参照=> *7

【所感】she'd = she would (反実仮想の列挙の続き);worry that ... 「心配するんだよ、何を? that節以下のことを」とぶらさげている。;that I was gonna die = that I was going to be die 「私が(アイアンマンになったなりゆきとして、そのうち)死んでしまうということを」。going to は、will のように決意を含む未来ではなく、そのまま物事が推移すればそのようになる、という、誰も介入しない帰結を示すのに使われる。短縮形のgonnaも同様。;なんでここは " I'm gonna die." でないかというと、これも反実仮想の世界、文法的に言うと法(mood)が続いているから。仮に"I'm gonna die." だと何がおかしいかというと、「私はそのうち死ぬだろう。」といきなり言ってしまうことになるから。これだと、仮定の世界じゃなく、事実の世界(直説法)で言ってしまう。「仮にだよ?」で話されていた前提が途切れてしまうわけ。そうではなくて、事実の世界から一歩弾いた立場で言うから、I am は I was と、現在時制から一歩引いてみるわけ。;おそらく yet の直後は "she would be" が省略されていると考える(この考えが誤訳でありうる可能性については、すでに註に書いた)。文法的には be proud of を取るため be が脱落しているのが気にかかる。このbeが口語的に脱落するかどうかが、訳出にあたっての争点になるか。もしbeが脱落しているなら現行訳でよく、脱落しておらずはじめのwas が受けているなら誇りを持っているのはペッパーではなくトニー自身になる(そしてペッパーはトニーのそうした矛盾状況をまるごと be worry している、という括り方になる);the man I'd become は、the man を関係代名詞 who が省略されているとみて、「the manだよ。具体的にどういう男かというと……そうなってしまった(ヒーローになって死ぬような目に遭う立場になった)男、だよ」と修飾関係を見る。ところでここの I'd は、確信はもてないがおそらく I had の省略形では。ここに will / would のような意志を見出すとよくわからないことになるかなと思う。もし I would become で訳すなら「そうなろうとしたこと」になるのだが……自信ないな、had と would のどっちだろうか? 意見求む。
最後に、この文に対する構文解析の例も載せておく。構文解析は(be) proud of の主語がペッパーである説を前提にしているが、I(=トニー)が(be) proud of の主語である場合は無効な分割となることに留意してほしい。

▼proud of の主体がshe(=ペッパー)の場合

  • She'd (always) worry that
    • I was gonna die, yet
  • (she would be) so proud of the man (←I'd become) .

▼proud of の主体がI(=トニー)の場合

  • She'd (always) worry that
    • I was gonna die, yet
    • (I was) so proud of the man (←I'd become) .

第五

She'd be widely conflicted, which would only make her more, ahem, crazy about me.

【直訳】彼女はひどく葛藤するだろうし、そうして結局、えへん、私のことで頭がいっぱいになってしまうだろう。

【所感】ここまできてやっと一連の She would do シリーズが完結する。これまでのshe would 連発を整理すると、以下のようになっているはずだ:

  • (0) if I were Iron Man, 【仮定法のはじまり】
    • (1) I'd have this girlfriend who knew my true identity【彼女についての仮定1】
    • (2) she'd be a wreck,【彼女についての仮定2】
    • (3a) she'd always worry that I was gonna die, yet 【彼女についての仮定3a】
    • (3b) (she would be) so proud of the man I'd become.【彼女についての仮定3b】
    • (4) She'd be widely conflicted,【彼女についての仮定4】
    • (5) which would only make her more, (ahem,) crazy about me.【彼女についての仮定5(上記仮定の帰結)】

 つまり、「仮にもし私がアイアンマンだったら、彼女は【仮定1】になるだろうし【仮定2】になるだろうし【仮定3a,3b】になるだろうし【仮定4】になるだろうし、とどのつまり【仮定5】ってことになってしまうかもしれないね、まいったねこりゃハハハハ」ということを、トニー・スタークが本人の目の前で早口でボヤボヤとまくしたてる構文になっているわけだ。あざといトニーあざとい。まるで大泉洋のボヤキ。

最終的な和訳

【直訳案】(上記それぞれの直訳文を合成したもの)

わかったよ。好きにしてくれ。ねえ〔ところで〕、仮にもし、私がアイアンマンだったとしたら、私の正体を知るガールフレンドがいることになる。彼女はきっとどうしていいかわからなくなるだろう。彼女はそのうち私が死んでしまうかもしれないと心配しながら、私がそういう男になったことを誇りに思いもするだろう。彼女はひどく葛藤するだろうし、そうして結局、えへん、私のことで頭がいっぱいになってしまうだろう。

【和訳案】(冒頭に上げた訳文の再掲)
わーかったよ、お好きにどうぞ、ところでさ、仮にもし僕がアイアンマンだとしたならさ、僕の正体を知っているガールフレンドがいるはずだねえ、だとしたら彼女はきっとめちゃくちゃになってしまうね。僕が死んでしまうんじゃないかと心配しつつも同時に僕のことを誇らしく思ってくれるだろうし、ひどく葛藤もするだろうし……そうして結局はさ、エッヘン、僕に夢中になってしまうんだろうねえ?

*1:languagelearningwithnetflix.com

*2:無料の範囲で使っているので、プレーンテキストを画面からコピペできたわけではない。それでも拡張機能によってじっくりと字幕のソースを眺められるので問題は感じなかった。もっとも、Netflixのサーバに対してWebスクレイピングを仕掛けられたりしたらもっと楽なのかもしれない。このChrome拡張を通じて字幕が抽出できるなら、Nefflixの公開仕様を利用してPythonとかでも字幕にアクセスできそうなものだけど……1分ググった範囲ではこれといったものがヒットしなかった。

*3:トニーの一人称が{私,俺,僕}のどれになるかは訳者の好みに依るだろう。自分は便宜的に「僕」を採った。

*4:大西泰斗・ポール・マクベイ『総合英語 FACTBOOK』等に詳しい。

*5:反実仮想についての別の例を示そう。同作の別のシーンで敵役が言うセリフにも、仮定法による反実仮想が含まれている。"Too bad you had to involve Pepper in this. I would have preferred that she lived." (01:38あたり)このセリフは「君がペッパーをこの件に関わらせたことを残念に思うよ。彼女には生きていてほしかったからね」と、完了形からの仮定法でペッパーの生き死にに言及している。ここで原文が仮定法を使っているということは、言外に“(まあ、こうなったら俺らが殺すから、ありえない話だけどさ)”というような含みがある、ということだ。

*6:このあたりは安西徹雄『英語の発想』に詳しい。

*7:ところで、一度誤訳として退けた構文解析についても述べておく:yet 以下をまだthat節の中と読む立場もあるかもしれない。つまり (i) I was goona die と(ii) I was so proud of をyet で並列している。「死ぬかもしれないのに、誇りに思ってる」という2つの述語を、トニーの立場から並列して、そういう立場をペッパーからみて心配しているのさ、とくくる読み方。つまり that 以下は "that S {V, yet V} "と読むかも、ということ。ただこれは誤訳かなと思った。最終的にはSV yet SV という、Netflixの邦訳の方に従った。