2022年に接したコンテンツ:マンガ編
今年は例年より漫画を多く読んだ。
まだ本丸のいしいひさいち『ROCA』は積んでるので評価から外している。映画ほかはまた別途書く。
▼2022年に連載中で、かつ、人に優先的に薦めているもの
井上まい.大丈夫倶楽部. マンガ5(レベルファイブ).
現在2冊;連載2020-;レベルファイブの漫画プラットフォームにて連載している作品(公式ページ)で、1巻のみ実験的に紙書籍版が出ている。縦読み漫画ながら紙書籍版でも刊行できるように紙面をあらかじめ構成していたという(1巻作者あとがきより)。主人公の“クラブ活動”のパートナーでありながら超常的な出自を秘めている「芦川」についての物語が常に不穏でありながら同時にほほえましくワンダーでもあり、この作品の味わいを深めている。
黒丸. 東京サラダボウル -国際捜査事件簿-. パルシィコミックス(講談社).
現在3冊;連載2021-;警視庁の女性刑事「鴻田麻里」と、元刑事だった警察通訳人の「有木野了」のコンビで、東京都心の国際犯罪に立ち向かう警察サスペンスドラマ。話の構成とキャラクターごとへの仕込みのバランスが、近頃読んだ漫画の中で突出して優れている。有木野のセクシャリティについての話についても本格的には展開されておらず、まだまだ複雑な展開が潜在していそうだ。基本的な配信プラットフォームはPalcyらしいが、ほかの漫画配信PFでも展開されている。
ヤマシタトモコ. 異国日記. Feel Comics Swing(祥伝社).
現在9冊;連載2017-;両親を失った子とその伯母による共同生活もの。基本セッティングよりも、その二人のあいだで取り交わされる会話の繊細さ……そのひとつひとつが、ため息が出るほど素晴らしい。近刊では医大受験の女性差別問題に触れており、この漫画が社会的公正についてきわめて真剣であろうとしていることが改めて察せられた。今いちばん人に紹介したい作品のひとつ。
珈琲. ワンダンス. アフタヌーンコミックス(講談社).
現在9冊;2019-;吃音症に悩む小谷花木と、彼と出会う前から突出したダンスの才を見せる湾田光莉との運命的な出会いを軸に、複数の現代ダンスカルチャーを描くダンス青春漫画。小谷の側がマッシヴで激しいダンスバトルの方面に、湾田の側が華やかなダンスパフォーマンスの方面に、少しずつ枝分かれしつつ、その2つがともに二人を取り巻く学生ダンスカルチャーを描くのに不可欠なものとして大事に描かれていくさまが素晴らしい。また、2020年代の今聴くべき現実の HIPHOP と R&B が当然のようにダンス課題曲として扱われているという点で、ブラックミュージック好きにとっても前のめりになる。もし今後アニメ化された際には絶対にそのまま使ってほしいが、海外との交渉を含むこともあり、どうなるかは未知数だ。
泰三子. ハコヅメ 〜交番女子の逆襲〜. モーニングコミックス(講談社).
現在22冊;連載2017-;架空の県警「岡島県警」を舞台とした警察官ものの長期連載で、昨年は実写ドラマ、今年は地上波アニメシリーズのどちらも実現した。(ドラマ版は永野芽郁と戸田恵梨香のコンビだけでなく、三浦翔平と山田裕貴の演技も素晴らしかった。)『モーニング』誌上では先駆けて第一部連載が完結している。最近までの立てこもり展開の緊迫性や、その後のベテラン刑事の燃え尽きなどは極めてシリアスなもので見ごたえがある。
つるまいかだ. メダリスト. アフタヌーンコミックス(講談社).
現在7冊;連載2020-;元アイススケート選手のトレーナーと、小学生女子のフィギュアスケーターのバディもの。今年「次に来るマンガ大賞2022」コミックス部門第一位に選ばれ、今もっとも勢いがある作品のひとつ。褒めどころはさまざまな角度からありうると思うが、パフォーマンス競技としてのフィギュアスケートのメカニクスを詳しく取り扱いながら、まるでゲーム攻略のように作戦を決めてゆき、それが狙い通りに功を奏す過程(5〜6巻)は多重に見事。その上で、互いの心身の限界とを見つめ、互いに向き合いつづける師弟関係から眼が離せない。
橋本悠. 2.5次元の誘惑〔リリサ〕. ジャンプコミックス(集英社).
現在15冊(年明けに16巻発売予定);連載2019-;コスプレを部活ものにした画期的作品であり、先んじてアニメ化も果たした『その着せ替え人形は恋をする』と別の角度からコスプレ文化の語り直しに挑戦している意欲作でもある。2〜3巻までの展開は若干エロコメ以上のものが見出だせない面もほの見えたが、その後の展開が安定することで、長期的に「オタクが自らの好きなもの・信じているものをスティグマ(社会的烙印)と捉えず、胸を張って堂々と行きていくためにはどう考え、行動してゆくべきか?」という課題をまず示し、それに対してそのつど異なる状況をセッティングして乗り越えさせる。そんな骨太なストーリーアークをすっかり盤石なものとした。特に近頃の新入部員編では「コスパやタイパ(=タイム・パフォーマンス)を考えて作品に接しがちであること」について、魅力的な応答をしてみせてくれている。とはいえ、特にエロコメ要素が脱落しているわけではないので、その点では人に薦めづらい面は残り続けている。*1
▼その他2022年の注目作品(Webのみ・短編含む)
三木有. 2022. 静と弁慶. ジャンプ+(集英社).
「静と弁慶」は今年読んだ中での短編ベスト。二次性徴期さなかに男女の身体的な違いが顕著になってきた中学3年生のなぎなた演武競技の男女ペアが、来たるペア解消と別れの予感にそれぞれすれ違った思いを抱いていることをなんとなく互いに察している。その二人の思いが、安易な恋愛感情としてではない別の尊重の心として結実し、試合本番直前に互いを支え直すまでの過程が、(試合会場の体育館の風景までもが演技しているかのような緊張感含め)実に美しい。「がんばろう」「がんばって」「がんばろう」の使い方の変化、そして弁慶と別に男子なぎなた競技に可能性を見出す同期学生キャラクターの役割に注目しながら読んでいただきたい。
浅見理都. 2022-. クジャクのダンス、誰が見た?. KISSコミックス(講談社).
警察官の父を殺した容疑で逮捕されたはずの青年が、実は冤罪だとほかでもない父の遺書から知らされることとなり、ひとり娘が不安と暗中模索の中、愛する父の遺言を果たすために動き始める。2022年に冤罪事件と報道の関係を扱った『エルピス』が空前の話題になったように、今後数年以内にこのマンガを原作とした映画やドラマが作られるかもしれない。今後もっと面白くなると期待している。(Web版こちら)
ともつか治臣. 2022-. 令和のダラさん. MFC(KADOKAWA).
姦姦蛇螺〔カンカンダラ〕と呼ばれる、いわゆる「洒落怖」ものの怪異を扱った妖怪コメディマンガ。作者のともつか治臣は、これまで同人で『大艦巨娘主義』(艦隊これくしょんの巨人解釈に基づくシリーズ)や「汚っさんの備忘録」(CoC6=『クトゥルフ神話TRPG第6版』のリプレイ動画)等、知る人ぞ知る高評価を既に得ているが、今年ほぼ初めてこの作品で商業単行本デビューを果たした。(Web版こちら)
久部緑郎(原作)・松本渚(漫画)・大久保一彦(取材協力). 2022-. 文豪ナツメは料理人が嫌い.
担当編集者の造形が狂気に満ちている。主人公周りの登場人物にまっとうな倫理を持っている人が一人もいないようであるのがむしろ好ましい。(Web版こちら)
ゲタバ子. 2022-. 限界煩悩活劇オサム. ジャンプ+
悪霊退治ものにBL系二次創作煩悩がクローズアップされた結果、解像度の高すぎる(と思われるが、実際にその方面でも評判のよい)いわゆる“腐女子”生態系描写が続く。毎話ごとに手を変え品を変え腐女子あるあるを実現しており、毎回次の題材が楽しみになっている。(Web版こちら)
岡 叶(漫画)・樋口 直哉(料理監修・コラム). 2022-. ヤンキー君と科学ごはん.
実は心優しいが誤解されやすいヤンキー少年にぐうたらメガネ化学教師が料理の理論だけ教える話。面白いのは肝心の化学教師本人は料理スキルが全然ないところ。日々料理をこなしているが理屈がわかっていない少年と、料理の理屈は思いつくが自分で料理をする気が全然ない教師の二人三脚がこれまでの料理漫画と異なるリズムを提供してくれている。
▼2022年以前に完結済を追跡し終えたもの・追っていて2022年中に完結したもの
山田芳裕. へうげもの. モーニングコミックス(講談社).
全25冊;連載2005-2017;やはり利休の切腹周辺が凄まじい。朝鮮出兵後に出てくる織部焼の数々が美しい。直後に京都茶の湯展で実物を見られて最高だった。
ヤマシタトモコ. さんかく窓の外側は夜. クロフネコミックス(リブレ).
全10冊;連載2013-2021;同著者の連載中作品『異国日記』がよかったので読むことにした。非浦英莉可と逆木のコンビが好みで、単体で素晴らしいのは半澤日路輝の造形。
鶴谷香央理. メタモルフォーゼの縁側. KADOKAWA.
全5冊;連載2017-2020;2022年公開の実写映画の評判がよかったので予習にと読んだものの、映画自体は見逃してしまった(年末にウォッチパーティで観る予定)。市野井雪の側が書道の先生としてのパーソナリティを強固に保持していることが印象に残っている。
平方イコルスン. スペシャル. トーチコミックス(リイド社).
全4冊;連載2014-2022;トーチWebで断片的に追っていた。4巻からのラストへ向けての容赦ない展開が恐ろしかった。あの女性キャラクターは今後自分にとってのヴィランの基準になってしまった(この作品にヴィランなどありえたのかという意外性もコミで)。
河合単(作)・久部緑郎(画). ラーメン発見伝. ビッグコミックス(講談社)// 同. ラーメン才遊記. ビッグコミックス(講談社).
第一部全26冊・第二部全11冊;連載1999-2009; 2009-2014;連載中の第三部『ラーメン再遊記』の話題についてゆくために仕方なく読んだ。わりと義務的に消化したが、その上で読む『再遊記』には独特の魅力がある。個人的には『発見伝』より『才遊記』、『才遊記』より『再遊記』の方が令和の時勢に照らして面白いという、右肩上がりな作品だ。
赤坂アカ. かぐや様は告らせたい. ヤングジャンプコミックス(集英社).
全28冊;2015-2022;事実上ヤングジャンプ本誌のほうで追跡していたので単行本ベースではあまり読んでいないのだが、(アニメ版主題歌における鈴木雅之の起用含めて)ずっと良い作品だった。藤原書記特訓シリーズだけでセレクション本が編まれてほしい。それから、この連載を続けながら『推しの子』の原作も務めていることが恐ろしい。
城平京(原作)・戸賀環(作画). 雨の日も神様と相撲を. 月刊少年マガジンR(講談社).
全3冊;2019-2021;因習村に訪れた痩身小躯の相撲少年が、因習の故に怪力でありもうすぐ供犠に差し出される同世代の長身女子のために、しゃべるカエルどもに相撲を教える。プロットだけ説明すると奇妙だが、それが3巻本にまとまった絵面として具現化していることが現実としてうまく飲み込めないでいる。作品自体はとても丁寧につくられている。
おかだきりん. 進め! オカルト研究部. Webアクションコミックス(双葉社).
全2冊;2020-2022;コミティアを中心にユニークな短編マンガを書き続けてきたおかだきりんによる商業連載作品が今年完結。北海道札幌市の公立進学系高校らしき学校「東西南北高等学校」を舞台にしており、同郷出身者として面白く読んだ。このマンガにおける文化系活動としての「オカルト」は事実上の現代民俗学・文化人類学の実践であり、調査結果を京極夏彦らしき審査員もいる大人たちの面前で発表することになる。次の連載も楽しみにしている。
▼2022年現在も連載中で、最新展開に追いついたもの
尾田栄一郎. ONE PIECE. ジャンプコミックス(集英社).
現在104冊;連載1997-;ジャンプ+公式の90巻まで順次無料キャンペーンの助けを借りつつ最新刊まで読んだ。リアルタイムではチョッパー加入の前後で脱落していたようだ。60〜70巻のいわゆる「2YA」以降の展開をやっと履修できたこと、それ以降の女性やジェンダー描写に若干の(相対的)改善がみられること、しかし相対的にサンジが割を食ってしまっていること、ワノ国編における光月おでんが決定的に肯定しがたいキャラクターであったことなどが気にかかった。103巻でついに『ドラゴンボール』的なものを改めて実現したことには驚かされた。個人的にはサボとコアラのコンビが好ましい。
おがきちか. Landreaall. ZERO-SUMコミックス(一迅社).
現在39冊;連載2022-;信用のおける複数の友人が長らく絶賛していたためにいつか履修しようと考えていた作品。実際に触れてみると、『指輪物語』なみの長期視点でファンタジーを描き続けるその姿勢というか“構え”のようなものに圧倒されてしまった。テレパス能力を持つ双子の何気ない日常描写が後の防衛戦での活躍に説得力をもたせる流れなどは数巻スパンでの描写であり、漫然と単線的に読み流すことを安易に許してくれない。何度も読み返すに足る内容を持っている日本有数の堂々たるハイファンタジー作品になっている。
森薫. 乙嫁語り. KADOKAWA. *3
現在14冊;連載2008-;大乙嫁語り展・京都展示(@京都国際マンガミュージアム)に合わせて読んだ。リアルタイムでは2巻以降を読めていなかった。良さを説明する能力を持たないが、とにかく素晴らしい。大乙嫁語り展については、撮影許可がある展示について写真を撮ってTogetterに置いている。
市川春子. 宝石の国. アフタヌーンコミックス(講談社).
現在12冊;連載2012-;初夏の頃に公式無料公開があったため読む機会をつくった。3巻あたりから読んでいなかったが、月人との言語的な交渉(と籠絡と)が果たされた後の展開を知ることができた。個人的には金剛チームの側がどんどん肯定できなくなっており、その感覚もコミで面白い。読んだときに気になった点については「『宝石の国』カンゴーム変節“の背景”を読み直す/フォスは本当に愛されに執着しているか?」にて触れた。
浅野りん. であいもん. KADOKAWAコミックス・エース(KADOKAWA).
現在14冊;連載2016-;ガンガン・ギャグ王を購読していた頃にドラクエ4コマや『PON!とキマイラ』などを読んで以来、久しぶりに浅野りん作品に触れた。京都のいくつかの老舗和菓子店に取材した和菓子とその菓子舗家族をめぐる話。京都にある程度馴染んでから読むことで、ディティールの細やかさに感動できた。主人公の周辺の登場人物に魅力的な人々が多い。また今年の春に放映された『であいもん』アニメシリーズが、京都弁の再現含めて大変素晴らしかった。
コトヤマ. よふかしのうた. サンデーコミックス(小学館).
現在14冊;連載2019-;『だがしかし』がヒットしたコトヤマの新規作品だったが、サンデー本誌で追いかけないままアニメが始まったら、それが非常に優れた郊外アニメであったため、慌てて最新刊まで読んだ(当時13巻が出たばかり)。序盤ののんびりしたオムニバス式エピソードから徐々に「月姫」のような伝奇アクションバトルに少しずつなだらかに近づいていく、そこにある危機との切れ目の無さがこれまでにない味わいで面白い。
殆ど死んでいる. 異世界おじさん. MFC(KADOKAWA).
現在8冊;連載2018-;こちらもアニメ化に際して最新刊まで追いついた。まさか「おじさん」に子安武人が割り振られるとは思っていなかったが、重篤なセガマニアの演技はとてもよかった。甥のたかふみと藤宮の微妙な関係(とおじさんの異世界動画に対する絶望的なリアクション)はずっとみていられる。たかふみが変身魔法を悪用しなかったくだりが特によかった。
福田晋一. その着せ替え人形〔ビスクドール〕は恋をする. ヤングガンガンコミックス(スクウェア・エニックス).
現在10冊;連載2018-;今年アニメ化したのがきっかけで読んだ。先に『2.5次元の誘惑』(前述)を読んでいたのでどうしても比べてしまうが、こちらはコスプレを公共に問うのではなく、コスプレを通じたよりミニマルな関係に特化している。アニメ版の喜多川の演技が、ギャル語という枠組みを踏み越えて現代日本語の最先端を走っているようで、それも新鮮だった。
高松美咲. スキップとローファー. アフタヌーンコミックス(講談社).
現在7冊;連載2017-;評判がよく、1巻無料キャンペーンをやっていたので読んだ。あくまで女子間コミュニティの間の評価であると前置きしつつ、地味系と派手系(ギャル系含む)の相互評価がある程度厳然と存在している中で、それを受け入れつつ個々の特性や善さ/佳さを見ていこうという姿勢が女子同士の友人関係にみられ、それが他者評価に相対的に疎い地方での優等生気質の主人公の周囲で細やかに行われている、という空気感がとてもよい。こうした、容貌ヒエラルキーと成績ヒエラルキーとが確実にありながらなお尊い人間関係を構築していこうという志向性が感じられるのは、個人的には『彼氏彼女の事情』以来の感触かもしれない。
青木潤太朗(原作)・森山慎(作画). 鍋に弾丸を受けながら. KADOKAWA.
現在2冊;連載2021-;海外グルメリポート漫画。登場人物の男性たちすべてが女性キャラクターに変換されているという奇妙な設定以外は『ハイパーハードボイルドグルメリポート』的な世界観が広がる。その玄関口さえ乗り越えてしまえたならば、原作者の青木による交流のあり方が濃厚に反映されており、良質な旅行エッセイとなっている(作中では、釣りが趣味で繋がるコミュニティのユニークさがかなりの頻度で登場する)。なお原作者の青木潤太朗は、国内ローカル旅行兼暗殺代行マンガ『また来てねシタミさん』(全2巻, 2020-2021)の原作者でもあり、作品の品質については個人的に信頼している。
▼今年動きがあったかどうかに関わらず、新刊が出たらなるべく読むことにしているもの
特に堕天作戦は、長期の停滞のあとに今年終盤になってやっと個人出版での連載再開が宣言された。