ユリイカ『総特集=今井哲也』(2022年10月刊行)に小論を寄稿しました

タイトルの通りです。2022年10月27日刊行のユリイカ・今井哲也特集号(『ユリイカ』2022年11月号)今井哲也論を寄稿しました。

東京都阿佐ヶ谷の「阿佐ヶ谷団地」を舞台にした近未来SF『ぼくらのよあけ』(2011年連載作品)が2022年10月中旬にアニメ映画として公開されることになっており、今回のユリイカはそれを記念しての特集号ということになるかと思われます。

bokuranoyoake.com


そんな特集号において私は、今井哲也さんが2018年から継続的に続けている『メギド72』ファンアート活動を一つの話の軸として、

  • (a) ファンアート鑑賞の紙上での実践(description)を行いながら、同時に
  • (b) 『メギド72』の基本的な物語構造を分析しつつ、今井哲也作品においても繰り返し登場する“或る共通モチーフ”について考察する

ということをやっています。

この記事名を含む雑誌紹介記事が青土社公式でも発表されたところ今井さんご自身がTwitterのゲーム用サブアカウントで反応したこともあってか、『メギド72』プレイヤーコミュニティからも少なからぬ反響(と困惑と)がありました。

そのため刊行前に告知を兼ねて、関係者各位に迷惑のかからない程度に多少補足をしてみようかと考え、この記事を書きました。

経緯

私は WordPress の自サイト*1の方にコンタクトフォームを設けておりまして、仕事の依頼や諸活動に関するご意見・感想などはこちらで受け付けています。

そのメールフォームに、ユリイカの編集の方からメールが来ておりました。2022年08月25日のことです。

その編集の方は、普段から私がTwitter今井哲也の作品について話しているのを好意的に読んでくださっていたようです。同人誌での今井哲也への言及についても触れていたことから、おそらく『ハックス!』の短評についてもご記憶があったものと思われます(もしかしたら『〈背景〉から考える』など、違う同人誌かもしれませんが)。

その段階ではテーマ指定を広めにとっていただいており、今井哲也作品に係るものであれば事実上何を論じてもよい、という状態でした。もちろん『ぼくらのよあけ』映画公開が同時期にあることは了解していましたが、さて自分ナラデハで出来ることといえばなんだろう、ということで少々頭を捻りました。

そこで出てきたのが、『メギド72』でした。
今井哲也さんが描いたメギド72ファンアートを紹介しながら、今井哲也連載作品と比較対照させつつモチーフ語りを出来る狂人人物は、おそらく声を掛けられている評論系の方々の中では自分しかいない。

返信の一番初めに「今井哲也を特集テーマとしてユリイカ特集号が出るのは、ファンの一人として大変喜ばしく思う」と書きつつ、下記のようにメールを書き始めました。

さて今回の件ですが、私がもしユリイカで他の方が書かなさそうな論としてご提示できるものとしては、

「メギド72と今井哲也作品」

というお題(とも言えないかもしれませんが、そこから発する著述)があるかな、と考えておりました。

今井哲也さんはTwitter等で、スマホRPG『メギド72』の絵を多数投稿されています。そのファンアート活動は、プロ漫画家の活動としてはいささか特異ではないか思われるほど熱心なものであり(構図の作り方などは、『アリスと蔵六』を現行で追いかける者としても興奮させられるものです)、この機会に「今井哲也の一側面」として留め置く意義はあるかと考えております。

ただ私も、漫然と今井メギドのファンアートを見ていただけですので、改めて振り返って何が言えるかは磨く余地があります。とはいえメギド72は、(単に作中の少年少女キャラクターが、今井哲也作品における無自覚な稚気を内に充填させながら駆け回る“あの”少年少女感に近いというだけにとどまらず)、年齢に伴う制約という矩をどの世代も超えられないことを自認しつつ、なお最善を目指そうとする群像劇として優れたシナリオを出し続けている作品でもあります。

そしてその美点は、少なくとも私が『ハックス!』『ぼくらのよあけ』『アリスと蔵六』など、これまでの今井哲也の主要連載作品に共通する特徴として見受けられる美点と近しいものでもあると感じています。

〔中略〕

このような内容でいかがでしょうか。ご検討ください。

このメールを送ったところ、丁寧な「それで進めてください」との快諾をいただけたため、〆切日までに約8000字の原稿を提出しました。

もちろん、編集部の許可を得た後も、小論の主題含めた全責任は私にあります。しかしそれはそれとして2022年秋の日本語圏の書き手から同主題に関して提出しうるものとして、他に誰にも書きようのない文章にはなったかと思います。

その後の校正期間では私事が究極的なまでに立て込んでおり*2、編集の方には大変ご迷惑をお掛けしました。最終的には今井哲也作品とメギド72、双方のファンに一定度ご納得頂ける内容にしていただけたかと思います。

また、原稿を提出した後に編集の方から戻ってきたゲラ原稿については、文字のひらきや表現の整頓、書誌の整備など、どれを取っても精度が極めて高いものでした。人文系の原稿を読み書きする人間としてこれほど快適なことはなく、編集のプロフェッショナリズムを感じた次第です。普段読んでいた『ユリイカ』への信頼度が更に増したこと、ここに述べさせていただきます。ありがとうございます。

その他の話題についても項目を立てて話しておきます。

ファンアートまとめ作業

最初に行った作業は、今井哲也さんの公式Twitterアカウントからメギドファンアートを抽出することでした。その作業成果は下記 Togetter にて公開済です(08月段階では線画72枚は拾得していませんでしたが、本日までに追加しています)。

togetter.com

もちろん、今井哲也とメギド72の間に“作品論として”どれほどの関連があるのか? と、疑問をもたれることはごもっともだと承知しています。が、まずこの職業漫画家が手掛けるものとしては圧倒的なほどのファンアートの物量、そしてクオリティに、驚かない人はいないのではないでしょうか。

とはいえ、関係のない一個人が「こんなに描いてるの、凄いよね!」と言ってみるだけでは当然、なんの議論にもなりません。そのため、今井哲也作品とメギド72を同時に扱う本論では、まったく別のアプローチも用いながら色々論じています。

シノハラユウキの助力について

初稿を提出した時に、友人であり、かつすでに2016年にアイドルアニメ特集号でユリイカデビューを果たしていたシノハラユウキさん( id:sakstyle )に査読をお願いしました*3。まだ論旨が若干とっちらかっている段階で、シノハラさんからは構成面の指摘など貴重な助言をいただけました。もし寄稿者後記のようなものがあればそちらで謝辞を書くつもりだったのですが、そういう欄は特にないようでしたので、こちらで御礼に替えさせていただきます。どうもありがとうございます。*4

また、本論では祖メギド72人から4枚の線画を選んで掲載してもらっています。その線画の選定にあたってシノハラさんには、メギドミリしら*5状態のままでpixiv版の今井祖メギド線画集を観てもらい、構図とキャラクターそれぞれについての率直な感想を72人に対して書いてもらうという、@tricken のシノハラユウキへの信頼が厚すぎて迷惑千万なリクエストにも快く応えてくれました。*6そのお陰で最終的に良い選択ができたと思います。特に祖05マルバス祖25グラシャラボラス祖35マルコシアスについて「(本論のシリアスな追放メギドの解説を読んだ後改めて眺めると)何ですかこいつ(ら)!?」的コメントを貰い、非常に面白かった。もちろん、「らしいメギド」や「構図が美しいメギド」についてもコメントを沢山貰うことができました。最終的にどの4名の線画が掲載されたかは、本誌を手にとってご確認ください。

初稿の内容については、シノハラさんからは下記のようにコメントいただきました。

「魂の共鳴」あたりに元文章の孕む “怪文書” 感が示唆されている気もしますね。実際にどんな感じになっているか楽しみですね!*7

ところで、協力していただいたシノハラさんの最新評論は下記で入手できます。これまでになかった(そして画像を含む作品の鑑賞にマルチに役立てられる)評論集になっています。おすすめです。

メギドプレイヤーの助力について

また、校正を提出した後に、『メギド72』の設定面での記述に若干の不安を覚えて、複数名のメギドプレイヤーにも原稿のチェックをお願いしました。読んでくださったのは筆名で文筆活動をされている方々ではないため、ここでハンドルや氏名等を個別に申し上げることはできませんが、おかげさまでメギドの設定関連文に関する幾つかの致命的なミスリードに関して、校了直前で修正することができました。この場を借りてお礼申し上げます。
 どのあたりの解説を工夫したかについては、刊行後にこの記事の末尾に追記する予定です。(チェックしていただいた内容についてもその時に書かせていただきます。)

【以下、2022-10-27加筆】

無事発売日になったため、メギド関連の箇所について書いておきます。

  • 今回の『メギド72』関連の説明では、「護界憲章」という語をいかに使わずに、嘘や誤魔化しなくメギドの世界設定を説明するか、という点に苦心しました。この点はなんとかクリアできたのではないかと思います。
  • アムドゥスキアスが「“主要”キャラクター」なのか? という査読ツッコミ*8を実は頂いていましたが、これはママ通しとしました。これについては、「祖メギド72人(+真メギド)全員が主要キャラクターです!( ー`дー´)キリッ 」という応答と、「第N章における【以下検閲事項】」という応答、両方がありうるかと思いました。それはそれとして、最初に手掛けてみる最初のメギドの選択としてアムドゥスキアスが選ばれたのは、『ローゼンメイデン』絵で女の子の絵を練習した今井さんの経験がそうさせたのだろうか、と少し思いました。
  • 年齢の多様性に関する説明を加える際、「不死者」という言葉を使うかどうかで迷っていましたが、「不死者」はメギドラルにおけると或る特殊作戦と関係するメギドのみが獲得した特定属性を指すため、一般的な長命種メギドとは区別する必要がありました。これについて査読者複数と相談した結果、「不死者」という用語は使わずに説明し直すことにしました。この変更はよかったと思います。査読者の方の指摘がなければそのまま通すところでした。
  • 原稿の中では「アイム」「バラム」「キマリス」「ガープ」の4名を最終的に選出しましたが、「ハルファス」「シャックス」「アミー」などカメラワークの優れた他の線画、また本論の主旨と関連づけて、未成年であることが通じやすい「ベレト」「フルフル」なども最終候補として残っていました。もしメギドファンの皆さんがこのタイミングで「今井哲也による祖メギド線画×72」から4枚だけ事例として選出・紹介するとして、どの4名を選出するか、ご意見を聞いてみたいと心の底から思いながら、苦しんで選びました。
  • 本論に載せきれなかった事項としては、『メギド72』におけるソロモン王自身も、ジズやアモンたち(そして『アリスと蔵六』における紗名たち・悠真たち)と同様、「保護されるべき(だった)少年」と見なすことも可能だということです。論の中では追放メギドの方に焦点を当てる説明であったためソロモン王自身の「保護されるべきだった少年」属性についてはオミットしましたが、村を焼かれ、保護者や友人を失い、それでもやむなく冒険を続けてきた彼自身の癒やされなさについても、本論で述べたような観点の延長で十分語ることが可能でしょう。*9

【ここまで加筆】

記事名公開後の反響について

まず、今井哲也さんがメインアカウントではなく、(本論では取り上げないようにしていた)メギド実況専用アカウントの方で採り上げてくださったことによる反響が大きく、驚きました。

*10

また、この展開がきっかけで、今井哲也さんのことを、漫画家としてはあまり認識しておらず、単におもしろプレイヤーとして(も)フォローしているメギドプレイヤーの皆さんにも知っていただくことができ、大変嬉しく思っています。少なからず「ユリイカでメギドが扱われるだと!?」という軸で驚かれる方が居て、「そうか、そういえばそういう文脈でも嬉しいか!(メギドプレイヤーとしての自分も嬉しいわそういや!)」と気付かされました。
現在の私の身分等について一部誤解されている方も見受けられましたが、ともあれメギドファンにとって多少は面白がってもらえそうな(そして今井哲也作品への関心も深まりそうな)内容にはできたのではないかと思います。ぜひお手にとって御覧ください。

その他

公開後に誤記などみつかった場合は、この記事にて訂正致します。
また、字数の限界で双方作品(今井哲也作品と『メギド72』)について、語れるはずだったのに書いていないことも多少残っていますので、そうしたこぼれ話もぶらさげられればと思います。 【2022-10-27 加筆しました。】

ともあれ、今は刊行が楽しみです。特に『アリスの蔵六』最新刊前後からストーリー構成に参加されたというさやわかさんや、小論を寄稿されている泉信行さんなど、10年以上前から批評系読者として楽しませて(そして学ばせて)もらってきた方と同じ雑誌に載ることができて大変うれしく思います。

*1:こちらでは基本的に自分の好きな「ファンク」というジャンルの音楽についてひたすら書いています。音楽評論以外の話はあまりしていません。

*2:11月には言えるんじゃないかと思います

*3:ユリイカの論文は査読論文というよりは依頼論文に近い性格であるため、学術論文における「査読」とは意味が異なりますし、『ユリイカ』編集部で査読体制が準備されているわけではありません。日本国内において批評文・評論文として流通している文章様式において、友人として高い信頼を置いているシノハラさんに、一個人として品質チェックをお願いした、という意味で、ここで「査読」という言葉を用いています。シノハラさんはその期待に極めて高い水準で応えてくれました。

*4:ところでシノハラさんは思い返せば2011年03月ごろに名作漫画として『ハックス!』を紹介してくれ、私が今井哲也作品のファンになるきっかけを与えてくれた人でもあります。https://twitter.com/sakstyle/status/49325762142142465 参照。

*5:「ミリしら」:とある作品について1mmも知らない状態を指す。しばしば、その状態で当てずっぽうで何か想像して書いたり絵に描き起こしたりして、そのあとで元作品と比較してギャップを楽しむ遊びに付随して言われることが多い。

*6:実際には全員について書いてとは言ってないのですが、シノハラさんは実に半分近くについて印象コメントを描き出してくれました。ありがてぇ〜。

*7:( 'ㅂ')アヒャ

*8:シノハラ査読と同様、ここでいう「査読」および「査読者」とは、自分が個人的につながりがあり、『メギド72』についてある程度詳しい他者に、事実の誤りがないかチェックしていただいた、という意味で用いています。そのような観点での専門性を査読者に期待し、それに応えていただいたため、その専門性に敬意を込めてここで「査読」という言葉を用いています。

*9:「碑〔いしぶみ〕」や「俺/私が育てた」などのいくつかの名シーンがプレイヤーに感動をもたらす理由について考える時に、使えると考えています。

*10:メギド72コミュニティでは、メギドに関するおもしろ文章が発明された時に「怪文書」と呼ぶ文化が存在する。公式掲示板にガープ怪文書が投稿された時の反応の例として、gundamtryzeta 氏の2018年のツイートを挙げておく。https://twitter.com/gundamtryzeta/status/1041296027993534465