コズミックホラー/クトゥルフ神話を日本語で遊べるRPGメカニクス:2022年(令和4)版

とある会話をきっかけにまとめる必要が出てきた為、まとめる。*1

クトゥルフ神話TRPGCall of Cthulhu The Sixth Edition)

原語では2004年、日本語版は2006年に刊行された。近頃は最新版のCoC7版(後述)と分けるためにCoC6と書いたりもする。
2011年からニコニコ動画を中心とした「CoC6現代日本リプレイ動画ブーム」が発生し、見る専を含めてTRPGジャンルの認知度が急上昇。「TRPGの華形といえば冒険ファンタジー(か、そうでなければ超人もの)」という巷説を塗り替えるほどの流行となった。また、Pixivや同サービス系列のECサイトである BOOTH では、同人誌即売会とは異なるルートでのCoC同人シナリオの頒布が2010年代後半より隆盛。それまでのCoC6の遊ばれ方とは異なるシーンを形成することになった。【同人シナリオの傾向については註釈を参照*2

CoCは初版 (1981年) から6版までの間、基本的にはChaosium社が1980年代前半からTRPG向け汎用メカニクスとして展開し続ける「ベーシック・ロールプレイング(Basic Roleplaying, BRP)」に基づいて設計されている。特にCoC6は、サンディ・ピーターセンが共同執筆として携わったBRP系ファンタジーRPGの傑作、Runequest 3rd Edition (Avallon Hill, 1984) との共通点を多く持つ。2020年現在、CoC6でホラー以外のジャンル(超人的活躍や、神話生物・狂気のルールを必ずしも必要としないシナリオ構造など)への挑戦が各シーンで巻き起こっているが、それらの挑戦が極端な破綻なしに続いているようにも見えるのは、CoC6が基部構造にもつこのBRPの堅牢性の高さに拠るものではないかと思われる。*3

クトゥルフ神話TRPGCall of Cthulhu The Seventh Edition)

原語では2015年、日本語版は2019年に刊行された。ケイオシアムCoCの第7版にあたる。D100下方(パーセンテージロール)による直感的に成功率が読み解きやすい判定系はそのまま据え置かれているが、その周辺の各種の仕組みについてはCoC6と少しずつ異なっている。ほどよく活劇的要素・ゴリ押しの効く挑戦的立ち振舞いがルールでサポートされているなど、基本的にはCoC6のリファイン(改良)路線と見てよいとも思われるが、日本語圏のプレイシーンではCoC6ベースでのブームが冷めやらず、必ずしも完全に移行が完了しているとは言い難い。CoC7がCoC6の完全な上位互換であるのか、それとも実は微妙に異なるゲームコンセプトを向いた版同士とみなしうるのか、まだ明快な答えを出せる段階にはない。*4

インセイン

日本のゲーム企業である冒険企画局が2013年に刊行したマルチジャンルホラーRPGで、複数のホラージャンルの中に「コズミック・ホラー」にも対応する背景やデータが用意されている。
2010年代後半では同人CoCシナリオを中心に「秘匿ハンドアウト」を盛り込む作品が増加しており、一つの作法として定着した感があるけれども、CoC6およびCoC7の基本ルールブックには「秘匿ハンドアウト」に関する規定は存在しない。こうした文化は、(a) 20世紀末から日本各地の草の根のマスタリング・テクニックとして、(b) 90年代以降の商業作品のシナリオ記法の中に見られる「PC別ハンドアウト」として、(c) 冒険企画局が『シノビガミ』(2009年初出)において確立した「秘匿〔PC〕ハンドアウト(秘匿HO)」として、個別の伝統を保ちつつも集合的&漸進的な発展を遂げてきたものが、どこかのタイミングでCoCの同人シーンに還流したものと見なしうるだろう。
さてこの『インセイン』は、『シノビガミ』のメインデザイナーと同じ河嶋陶一朗が設計したシステムであり、秘匿ハンドアウトのルールを、基本メカニクスのレベルで実装している。*5 『インセイン』はCoCほか古典的な随時宣言受け入れ式の進行ではなく、ルールが定める通りの「サイクル制」の進行となるため、プレイフィールはCoCとは大きく異なってくる。しかし、秘匿ハンドアウトありきで設計された『インセイン』の狂気の描写は、プレイヤーだけでなくそれを進行するGMすら思いもかけない狂気の連鎖を再現することとなり、独特なホラーの手触りをもたらしてくれる。「秘匿HOに基づくキャラクター間のドラマにこだわりたい」と希望するゲームマスターにとっては、CoCのオルタナティヴ(=代替候補)として常に念頭に置かれていてよいメカニクスと言える。

トレイル・オブ・クトゥルー(Trail of Cthulhu, ToC

原書は2008年*6日本語版は2020年に刊行された。メインデザイナーはケネス・ハイト(Kenneth Hite (Ken Hite) )であるが、元となる汎用システムである「ガムシュー(Gumshoe)」をデザインしたのは、ナラティヴ系グローランサTRPG『ヒーロークエスト』(Hero Quest)シリーズ等を手掛けるほか、多数の実績があるロビン・D・ロウズ(Robin D Laws)である。
ToCの最大の特徴は、ロウズが設計した Gumshoe メカニクスが、「調査シナリオ」を破綻なくプレイヤーに提供するにあたり優れた設計をしていることだ。ToCにおけるプレイヤーは、自分のキャラクターが調査したい物事に対して適切にマッチングする技能をもっているかどうかだけを確認してそれを宣言すれば、ダイスロールなしで情報を取得することができる。他にも細かいゲーム的な駆け引きは存在するものの、ToCにおける行動宣言の主眼が「ダイスの出目に一喜一憂する」地点に置かれていないことは確かである。もちろん、キャラクターが明らかに危険な眼に遭っているときに古典的なダイスロールが要請されることはある。けれども調査行動に関しては、基本的には事件の推理に必要なすべての情報がプレイヤーたちの手元に確実に集まるように、基本メカニクスのレベルで調整が成されている。
 これがゲームマスターやシナリオ作成者にどのようなアプローチを可能にするかは明らかだろう。一通り手がかりを入手してもらった後にプレイヤーたちの間で推理する時間をじっくりとってもらうことを期待するような、歯ごたえのある調査シナリオを提供したい時、ToCはもしかするとCoCよりも適切なメカニクス足りうるかもしれない。遊びたい時代背景に応じて“足で稼ぐ”ような探偵的情景をセッションを通じて共有したいのであれば、それを邪魔する摩擦を限りなく減らすToCの仕組みは、KPとPLの双方を助けてくれるだろう。

クトゥルー(Kutulu)*7


原書はスウェーデンにて2017年*8、日本語版は2022年に刊行された。
著者のMikael Bergstrom(ミカエル・バリストレム) はスウェーデンのゲーム作家である。このKutuluは、Nd6個別ロールによるシンプルな判定系*9を持ちながら、ユニークな狂気ルールを提示したことによって(そして日本で一部の海外ゲーム紹介運動が盛んに行われたことによって)高い評価を受けている。
Kutuluのルールメカニクス下で動き回る探索者たちには〔超常的な現象に対する〕【狂気深度】*10のレベルが設定されている。【狂気深度】は「1. 否認」「2. 模索」「3. 受容」「4. 適応」という段階をもち、しかもその段階に関するステータスの管理はPCおよびPLに一切開示されないことになっている。【狂気深度】がどの程度進んでいるかは、ゲームマスターの描写・語り口を通じて類推することしかできず、同じ場所・同じ時間に置かれているはずのキャラクター同士は、本当に同じ状況に立っているのかどうかの前提すら瓦解しかねない状況に置かれることになる。
狂気の内容を隠匿するルール自体は『インセイン』とも共通しているけれども、狂気にまつわる語りを、PL/PCの誰にも手出しできない“GMだけの専権事項”として集約しているという点が、Kutuluの型破りな点である。

サンディ・ピーターセンの暗黒神話体系 (Sandy Petersen’s Cthulhu Mythos)

(※注意:『暗黒神話体系』は、製品単体では現代地球の人物をプレイすることは難しい仕様となっている。ただしクトゥルフ神話でファンタジー的冒険を遊ぶという点では一応条件を満たしているため、紹介した。)

原語では2018年、日本語版では2022年に刊行された。
Chaosium版CoCシリーズのメイン・デザイナーはサンディ・ピーターセン(Sandy Petersen)であるが、彼は別のクトゥルフ神話系ルールブックも手掛けている。これが、D&D5系列のルールをコアメカニクスとして遊べるよう設計された『暗黒神話体系』である。*11
この『暗黒神話体系』が翻訳されたことで一つ画期的なことは、このコアルールブックに付属する『フィフス・エディションRPG*12が、事実上D&D5版対応のSRD(システム・リファレンス・ドキュメント)の完訳であることだ。国内のD&D5を翻訳販売していたホビージャパンは、2021年から2022年06月までの間にWotCとの権利関係が解消されることとなり*13、2022年秋以降のD&D5展開はWotCの日本法人が直接手掛けることになった。『暗黒神話体系』は、ホビージャパンが持つD&D5関連の蓄積を、D&D5対応のSRDにより遊べる別のプロダクトに振り向けた最初の一手として評価できる。*14
暗黒神話体系』と『フィフスエディションRPG』(D&D5 SRD)は、共にD&D5系のシステムにある程度慣れ親しんでいることを暗に前提としている。また、以前のd20クトゥルフとも違い、これらのコンポーネントにはCoCにおける探索者周りの背景設定などの情報が欠落している。つまるところ『暗黒神話体系』はD&D5の冒険にクトゥルフ神話的エッセンスを加えるためのサードパーティ・ルールという位置づけで遊ばれることが第一に想定されており、たとえば「この製品単体でジャズエイジの探索者の冒険を提供する」というような構成にはなっていない。近代北米や現代日本のヒューマンが特定の職業でクトゥルフ神話的陰謀と対峙しているうちに、徐々にD&Dの英雄めいて強くなっていくという飛躍は、D&D3.X時代に刊行された『コールオブクトゥルフ d20(D20クトゥルフ)』では単体製品である程度可能だったが、『暗黒神話体系』では舞台設定をKPがゼロから作らなければならなくなっており、かなり難易度の高い挑戦になってしまっている。しかしその壁を乗り越えることがもしできさえすれば、たとえばテルグ語映画『RRR』のような1920年代のヒロイック・アクションを『暗黒神話体系』ベースで遊ぶのは、リアリティの調整として面白いかもしれない。
ファンタジーとしてのクトゥルフ神話を遊ぶにあたっては、ほぼ同時期に翻訳・発売されたキャンペーンシナリオ集『食屍鬼島』を導入すると、セッショングループへの導入がしやすくなるようだ。

その他のクトゥルフ系(未訳)

タイトルの趣旨と異なり相対的にアクセスしづらいクトゥルフ神話メカニクスについても、下記に併記しておく。

*1:解説には個人見解が多少含まれるかと思いますが、ご容赦ください。

*2:TRPG系二次創作物の有料頒布に関する規約を整備した「SPLL(Small Publisher Limited License)」の制度が2020年10月より始まったことにより、CoCに関するBOOTHその他の有料頒布のあり方にも影響が及んでいる。CoC6シナリオは独自規約による無料頒布シナリオにも人気なものが多く、またその規約の違反に基づく複雑なユーザ間トラブルがあり、有料頒布シナリオだけを追跡していてもシーンの全体が俯瞰できるわけではないというのが厄介なところだ。

*3:BRPそれ自体の日本語ルールは、Role & RollのBRP特集号を通じて日本語でもアクセス可能である。

*4:かつてD&D3.Xと当時最新版D&DであったD&D4との間には、明確なゲームコンセプトの違いがあることから新旧のどちらがより優れたメカニクスであるかについての論争が巻き起こった。D&D3.X展開を良しとする流儀の中からは、Paizo社のPathfinder RPGという新規タイトルが生まれ、それは現行のD&D5と並ぶ英語圏のファンタジーRPGの代表としての立場を確立している。ただしCoC6とCoC7それぞれの作りの間には、この事例ほどのゲームコンセプトの異なりは見出し難い。

*5:より精確に言えば、(1) 【秘密】の配布は選択ルールとしながらも[基本:194]、基本的には多くのシナリオでは高確率で【秘密】コミでのシナリオとして実装されている。(2) たとえ【秘密】が配布されずとも、ゲーム進行中にPCたちが抱えることになる【狂気】カードのうち、「拡散」を禁じられた対象が、実質的な秘匿ハンドアウトとして機能する。

*6:日本語版のコピーライトが2007年だが、原書の出版自体は2008年と思われる。

*7:読みは「クトゥルー」ないし「クトゥル」でよいと思われるが、人と話す時には先行作品との区別を敢えて建てるために、敢えて「クツル」と呼ぶことが多い。もちろん、その読みが適切だと思って発語しているわけではない。

*8:原著者がIssuuにて公開しているスウェーデン語版よりそのように推測した。https://issuu.com/mikaelbergstrom/docs/kutulu-web-v1/1

*9:日本語で手に入る既存の類似判定系としては『ザ・ループTRPG』『シャドウラン(4版以降)』『ニンジャスレイヤーTRPG』などがある。

*10:厳密には、【狂気深度】に紐づく【幻覚】も3段階設定されているが、ここでは詳細を省く。

*11:なぜ「大系」ではなく「体系」の訳語を選んでいるのか、個人的にはよくわかっていない。ところで副題としては、ホビージャパンが商標として持っている「クトゥルフの呼び声」がたまたま浮いていたため、副題に「クトゥルフの呼び声TRPG」というタイトルがついている。したがって日本語版では、原題 Call of Cthulhu の方が「クトゥルフ神話TRPG」を名乗り、原題 Cthulhu Mythos の方が「クトゥルフの呼び声」を名乗っているという、倒錯した状況になっている。)

*12:ホビージャパン公式Webサイトにて無料PDFの配布が行われている。具体的な版権画像はないが、フルカラーである。https://hj-trpg.com/#download

*13:https://www.4gamer.net/games/319/G031949/20211002018/ などを参照

*14:ほか、2022年05月30日に、Final Fantasy XIV プロデューサ兼ディレクターの吉田直樹を招いて行われたホビージャパン監修のFF14ライクD&D5システムの公開セッション(https://www.youtube.com/watch?v=_U4Xzai991Q)も、WotCからD&D5系列製品の販売代行を封じられたホビージャパンの次の商品ラインを模索する試みの一つとして観察しうるだろう。