ビジュアル版 最新ファンタジー百科(David Pringle and Tim Dedopulos eds.)のゲーム章が優れている件

(原書情報こちら)*1

書誌データ

[original] Pringle, David and Tim Dedopulos eds. 2021. The Ultimate Encyclopedia of Fantasy: The definitive illustrated guide. Welbeck.
[日本語版] (=2021. 井辻朱美ほか訳.『ビジュアル版 最新ファンタジー百科:類型・映画・TV・人名・ゲーム・背景』柊風舎. )

この書籍をみつけた経緯

2022年11月中旬に4回めのコロナワクチン接種を受けてきた折、時間調整のために京都府立図書館に入って散策していたところ、返却されたばかりの移動書架の端に見つけたこのファンタジー百科事典本が目に入った。「こんな大判本を借りる人もいるのだな」と何気なしに確認した所、その編集方針に驚かされることになった。指輪物語Lord of the Rings)やGoT(Game of Thrones*2など映画化・ドラマ化でメジャーになったファンタジー作品だけでなく、『天空のエスカフローネ』劇場版*3など日本アニメーションの重要作品であったり、『オテサーネク』などチェコストップモーション・アニメーション作家のシュヴァンクマイエル夫妻による代表作*4などがすべて並列で扱われていた。*5

それだけではない。この事典にはゲーム分野に関する独立した章が置かれており、その中には『ゼルダの伝説』『ドラゴンクエスト』『Final Fantasy』『ポケットモンスター』『ICO』『ペルソナ4』『ダークソウル』など日本の代表的なファンタジービデオゲームが、海外のファンタジービデオゲーム史で必ずといってよいほど出てくる『MUD』『Ultima』『Wizardry』『NetHack』『AngBand』『Doom*6The Elder Scrolls(III, IV, V)』『World of Warcraft』『Witcher 3』などと並ぶ形で、別け隔てなく紹介されているのだ。
さらにアナログゲームも手厚い。『ダンジョンズ&ドラゴンズ』や『ルーンクエスト』や『D&D エベロン*7 など英語圏テーブルトップRPG文化圏での最重要作品群と並列して、20世紀末における日本産RPGとして重要な作品である『ソードワールドRPG』(初版)にまで一応の言及がある。*8
この書籍についてTwitterで言及していたところ、ゲームライター・批評家の岡和田晃さんより、「この著者の David Pringle 〔デイヴィッド・プリングル〕は、英国のSF雑誌 Interzone〔インターゾーン〕 の編集者ですね」とコメントを頂戴した*9。巻末には確かにその通りの来歴が書かれていた。雑誌 Interzone はイギリスのSF雑誌として大きな影響力を持っており、またファンタジーゲームにおいては Warhammer(ウォーゲーム/RPG)との関係も強い。*10またほかの編者には、Magic: the Gathering や D&D (3rd以降) を手掛ける Wizards of the Coast とも仕事をしている Tim Dedopulos〔ティム・デドピュロス〕もおり、ゲームセクションにおけるゲームの目配せの良さは Pringle だけでなくこの人の力も大きいのかもしれない。

Pringle & Dedopulos 本がファンタジーゲーム語りにもたらすと思われる効用

私はどちらかといえばアナログゲーム文化の側に属しているという認識が強いが、ビデオゲームもそこそこ遊んできた人間である。そこでアナログゲームの研究の事例としてファンタジーゲームを紹介すると、まずそれらの作品の背景を、研究者仲間へ伝達するのに苦労することが多い。「日本のビデオゲームには詳しいけど国外のビデオゲームファンタジー&国内外アナログゲームのファンタジーに詳しくないひと」へ、何をどう説明すれば、鬱陶しく思われない範囲で議論の共通基盤を築けるか、ずっと思い悩んできた。

そこに来てこの事典のゲームに関する章は、おそらく私のこれまで常にかかえてきた悩みについて、行き届いたフォローをしてくれるという確かな期待がある。「私が話すゲーム関連ファンタジーのことは、だいたいこの範囲を念頭に置いています」と前置きして、このゲーム章だけ人に配って話を始められたなら、いろんなことが楽になるだろうとさえ考えているところだ。

自分はファンタジー文学の専門家ではないため、この本の全体の出来をレビューするのに適格な人間とはいえない。それでもゲームファンタジー事典としてこの事典のゲーム章の水準に達しているものは極めて少ないと指摘できる。{アナログ,ビデオ}×{海外, 日本}の複雑な50年を、簡潔な要約ながらそれぞれ的確に拾ってくれていることが大きい。

補足:Pringle & Dedopulos本は、「アナログ×海外」象限の言説的欠落を埋めてくれる

ファンタジーゲームに関する四象限(2022, 筆者作成)

 ファンタジーゲームに関して、上図のように{国内/海外}×{アナログ(テーブルトップ)/デジタル(ビデオ)}の2軸で四象限をとってみた上で、Pringleらの百科事典ゲーム章の位置づけを整理してみたい。


「アナログの」「ファンタジーゲーム」に関する開発史【象限d】は、まず海外の(主に英語圏・欧州圏の)ファンタジーゲーム【象限b】に、ビデオゲーム黎明初期から大きな影響を与えてきた。特にD&D (Dungeons & Dragons) , RQ (Runequest), M:tG (Magic: the Gathering), Warhammerなど、ほかの英語圏アナログゲーム製品群が与えてきた影響は、メカニクス面でもフィクション面でも、極めて大きい。【象限d->象限bへの影響】

また、「デジタル(ビデオ)の」「海外ファンタジーゲーム」に関する開発史【象限b】も、日本国内ゲーム文脈だけ見ていると見落としがちな点だ。特にTES (The Elder Scrolls) や Witcher3, WoW (World of Warcraft) など、アナログのD&Dプロダクトにも劣らない膨大な背景世界設定をもつファンタジービデオゲームの蓄積があることは知られていても、具体的にどのような内容が収められているかにおける共通認識は、日本のファン以外にも知られているとは言いがたい面があるだろう。【象限b自体の前提知識の補完】

国内ビデオゲーム【象限a】の中だけでも、たとえば『ポケットモンスター』や『どうぶつの森』シリーズがファンタジー世界を扱っている、という共通認識は、誰しも当たり前にもっている共通認識とは言い切れないだろう。【象限a自体の前提知識の補完】

国内アナログゲーム【象限c】に関しては、海外の主流アナログゲームに対する“相互の”影響関係は強くは見いだされないが、近年は日本製のボードゲームが徐々に海外でもプレゼンスを獲得しつつあり、今後は一方的な影響だと断定できない局面に入ってくるだろう。また、ゲームデザインの輸入という面では早くから安田均が『SFファンタジィゲームの世界』*11などで積極的な紹介を続けてきた歴史があり、国内のアナログ系ファンタジーゲームのデザインが海外のどのような先行作品を参照して作られてきたのかについては、Pringleらのゲーム章の整理は役に立つ。【象限d->象限cへの影響】

上記のような話を、研究会のような場で、たった一人の人間がゼロベースから伝えるには、あまりに荷が重たすぎることは明らかだろう。それだけにゲーム章の内容は、国内外のファンタジーゲームを論じようとする人なら、一人でも多くの人に目を通しておいてもらいたい内容となっている。

ただし、邦訳版は1万円を超える高価な書籍となっている。公共図書館などでは大判のリファレンス用書籍として入荷していることも多いようであるため、図書館での閲覧を推奨する。英語版でも構わなければ、ハードカバーで発注するという手もあるだろう。

旧版に関する補足

この本には2001年刊行の旧版がある。*12まだそちらの方を確認していないが、今回触れたゲーム章に関する内容はあくまで2021年版の内容に基づいていることをお断りしておく。一応旧版にもゲーム章はあるようだ。

*1:

*2:ゲーム・オブ・スローンズは邦題『炎と氷の歌』でも翻訳されているファンタジー作品と同一の原作に基づいている。

*3:

*4:

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*5:さらに本書ではTVシリーズを映画と別に分けており、日本のものでは『らんま1/2』『美少女戦士セーラームーン』『剣風伝奇ベルセルク』『ポケットモンスター』『灰羽連盟』『ラストイグザイル』『DEATH NOTE』『NARUTO』『鋼の錬金術師(2009年版)』『青の祓魔師エクソシスト〕』『ペルソナ4 The Animation』『僕だけがいない街』を引いている。あってもよさそうな『ONE PIECE』はなかった。

*6:Doom開発にCoC(Call of Cthulhu)デザイナーのサンディ・ピーターセンを招聘した事実も書いている(p.259)

*7:D&Dは複数の公式世界観があるが、特にスチームパンク的・近代的モチーフを取り入れたファンタジー世界観としてD&D3時代以降に展開された人気世界観のひとつ。日本ではホビージャパン社からD&D3, D&D4, D&D5対応のガイドブックが刊行された。特にD&D3対応のバージョンは名著かつ名翻訳となっている。

*8:その他、『Devil May Cry』『ソウルキャリバー2』『おいでよどうぶつの森』『キャッスルヴァニア悪魔城ドラキュラ)』『ワンダと巨像』『Dwarf Fortress』『Assassin's Creed』『Bioshock』『Pathfinder RPG』『Dishonored』『風ノ旅ビト(Journey)』『13th Age』『Dota2』『Final Fantasy 14』(吉田直樹への言及がある)『Hearthstone』『Bloodborne』『Runequest Glorantha RPG』(初期RQと別に独立項目になっている)『Return of the Obra Dinn(オブラディン号の帰還)』『Monster Hunter World』などの項目があった。

*9:https://twitter.com/orionaveugle/status/1593156584112533506

*10:ドラッケンフェルズ』をはじめとしたウォーハンマー世界観に基づくノベライズは、『インターゾーン』誌の人脈との関わりから生まれている。詳細は『ナイトランドクォータリー』Vol.11: 40-45, 岡和田 晃「キム・ニューマンドラキュラ紀元』と新歴史主義〔ニューヒストリシズム〕」を参照。

*11:

*12: